2026年1月 3日 (土)

ことしもよろしくお願いします。

体調は守られていますか。
葉瑠☆友幸は咳喘息からも、インフルエンザからも、守られています。
年末ギリギリに買い物に行って、インフルエンザに感染したのを踏まえ、今回も12月29日さいごの通院、さいごの薬局、さいごの買い物とリレーをしました。
元旦礼拝にも、5時30分からGoogle Meetを接続。6時30分から開始。体調が守られ、参加できました。

今日、買い物に行こうかどうしようか。まだ食材はたくさんあるし、寒かったので迷っていました。
葉瑠☆友幸は、魚を食べる曜日を週に2回、決めています。
明日にずらそうか、礼拝のあとはまた、行くのが面倒になるかな。。。
結局、行こう!!と腰を上げたのが、夕方6時頃。
寒いと言いつつ、日が暮れてからの決断。何をしているのか。自分で呆れます。

でもその決断がよかったです。のんびりし過ぎていて良かったです。
ちょうど満月の日で、明るく照らされた月の光。写真撮影できました。
夜空を見て、きれい! 明るい!! そして「1月3日 ことし最初の満月の日」と知りました。
日中に出かけていたら、寒さで撮影のためだけに外へ出たかどうか。たぶん撮影できませんでした。
このタイミングで、出かける気持ちに変えてくださった神様に感謝です。

日本聖書協会『聖書 新共同訳』より引用
エレミヤ書31章33~36節
「来るべき日に、わたしがイスラエルの家と結ぶ契約はこれである、と主は言われる。すなわち、わたしの律法を彼らの胸の中に授け、彼らの心にそれを記す。わたしは彼らの神となり、彼らはわたしの民となる。
そのとき、人々は隣人どうし、兄弟どうし、「主を知れ」と言って教えることはない。彼らはすべて、小さい者も大きい者もわたしを知るからである、と主は言われる。わたしは彼らの悪を赦し、再び彼らの罪に心を留めることはない。
主はこう言われる。太陽を置いて昼の光とし 月と星の軌道を定めて夜の光とし 海をかき立て、波を騒がせる方 その御名は万軍の主。
これらの定めが わたしの前から退くことがあろうともと 主は言われる。イスラエルの子孫は 永遠に絶えることなく、わたしの民である。」

詩編121編6~7節
「昼、太陽はあなたを撃つことがなく 夜、月もあなたを撃つことがない。
主がすべての災いを遠ざけて あなたを見守り あなたの魂を見守ってくださるように。」

創世記1章14~19節
「神は言われた。「天の大空に光る物があって、昼と夜を分け、季節のしるし、日や年のしるしとなれ。
天の大空に光る物があって、地を照らせ。」そのようになった。
神は二つの大きな光る物と星を造り、大きな方に昼を治めさせ、小さな方に夜を治めさせられた。
神はそれらを天の大空に置いて、地を照らさせ、昼と夜を治めさせ、光と闇を分けさせられた。
神はこれを見て、良しとされた。
夕べがあり、朝があった。第四の日である。」


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2025年12月25日 (木)

クリスマス特別集会ー「私の歩んだ道」

クリスマスから年末、お忙しい毎日、体調は守られていますか。
葉瑠☆友幸は守られています。股関節の痛み、右腕の痛み、ともにいやされました。

21日のクリスマス特別集会。さいごのプログラムで、4名の方が「私の歩んだ道」という内容で、子ども時代から、現在までの主による導きのあとを10分間でお話ししました。

葉瑠☆友幸もその中のひとり。内容は、ブログに書いたことと重複していると思います。

 葉瑠☆友幸)は生まれたときから足の浮腫があり、スカートからどうしても見えるので小中高といじめられていました。話す声も小さく、行動するのも遅くて、ほかの子の後ろからついていくような子でした。いじめはとてもつらかったですが、母は私の1歳の頃から心の病があり、私の妹が8か月で亡くなった時の大きな悲しみを思うと、私までいなくなるわけにはいかない。という思いがずっとありました。

 つぎに 集会に導かれたきっかけを話します。父は、盲学校の教師をしているすぐ上の兄である伯父に、たびたび浮腫のことを相談してくれていました。19歳の頃に平方式で鍼治療をしているMSさんを紹介してくださり、治療に行くようになりました。そのときに、いのちの水誌などをMSさんから受け取っていました。1999年にクリスマス特別集会に誘われて参加しています。その後、結婚して5年ほど経ち精神的に不安定になっていた 2004年10月から集会に参加するようになりました。手話や賛美歌、植物に興味あるでしょう。と土曜日の集会からの参加を勧めてくれました。そして小羊集会、つゆくさ集会、北島集会とすこしずつ増やして参加できるようになりました。いちばんだいじな主日礼拝には午前中は苦手と言い訳をしながらなかなか参加できなくて、10年くらい経ってから参加できるようになりました。
 3つの持病は、14歳、20歳、33歳の時に診断がつきました。

日本聖書協会『聖書 新共同訳』より引用
マタイ福音書4章4節「人はパンだけで生きるものではない。神の口から出る一つ一つの言葉で生きる。」
持病のことで悩むとき、この御言葉に励まされます。

 つぎに父母を通して受けた神の愛と導きを話します。
父は2011年に亡くなりました。喪主は私でしたが、父の兄弟が7人いますので、葬儀は仏式で伯父たちに取りしきってもらいました。父の大事な葬儀、トラブルは避けたいと思ったからです。父の3回忌に向けて準備をしているときに、母が「今回の法要が終わったら今後はあなたが主体となってしていってよ。」と言うので、「私はキリスト教だから、仏教のことはできない。」と言いました。そうすると、「私の葬儀までは仏式で。」と言っていた母が「キリスト教に変わっても良い」と言ったので驚きました。祖父母と妹、そして父のお骨をトラブルなく徳島キリスト教霊園に移すことができました。母が納得いくまで時が与えられ、人間の思いであれこれ言わなくても、神様が働いてくださることを思います。
コヘレトの言葉3章1節「何事にも時があり 天の下の出来事にはすべて定められた時がある。」ことを思いました。

父の亡くなった後に離婚していたので、経済的なことや私ひとりで母の支えになれるかどうか不安でした。
詩編 55編23節「あなたの重荷を主にゆだねよ 主はあなたを支えてくださる。」の御言葉に励まされました。

 2019年は母に一年のうちに次々と3つ深刻な病気の診断がされました。信仰に導かれていなければ、私自身が受け止めきれずに取り乱していただろうと思います。両親の闘病にしっかりと向き合うことができたのは、背後におられる神様のお支えがあったからだと感謝します。
イザヤ書30章15節「お前たちは、立ち帰って 静かにしているならば救われる。安らかに信頼していることにこそ力がある。」
 母のさいごの一週間は病院で泊まり付き添うことができました。危篤状態となり集会代表:吉村さんに葬儀場の手配をしていただき、打合せに同席していただき、すべて吉村さんにお任せできました。母の葬儀をした2020年2月23日は、次の週から新型コロナ感染症の緊急事態宣言のため、礼拝はオンラインのみ、葬儀も身内だけで、となる直前でした。礼拝のあとに集会から大勢の方に参加していただき、喪主である私に集会の皆さんの支えがあるように、という神様の愛を思いました。

詩編37編23節「主は人の一歩一歩を定め、御旨にかなう道を備えてくださる。」

 いじめの時に言われたこと、また自分自身の性格などから、働けない、なにもできない、私はだめだ、役に立たないと自己否定する部分がありました。しかし病気もいろいろな出来事もすべて神様の御計画であることを知りました。人間の時間と労力には限界があり、必要なタラントも異なるので、神の御用に用いるために私に必要なものを神様が備えて導いてくださったことを感謝します。大きな声で話せるようになったこと、パソコンもその一つです。
これからも信仰から離れないで、御国への道を歩んで行きたいと思います。以上です。

上のイラストは、89歳の集会員の女性が会場のホワイトボードに描いてくれました。
看板などに絵や文字を描く仕事をされていた方です。
Google Meetの録画からのスクリーンショットなので、すこしぼやけてしまいました。

下の天使たちは、集会の姉妹がプレゼントしてくれました。
「葉瑠☆友幸とチームの仲間たち」みたい。
〇 チームA…KS兄とKK姉、Google Meet つないだり、ホームページを更新など。
オンラインでの作業で離れていますが、一致団結して協力しています。

〇 チームB…YT姉とTY姉。葉瑠☆友幸の家に集まって。
葉瑠☆友幸のために、除菌スプレー・手洗い・マスクできちんと対策してくださり、作業しています。

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2025年12月 5日 (金)

ことしさいごの満月と、新しい集会ホームページ

 葉瑠☆友幸が所属している 徳島聖書キリスト集会新しいホームページが公開されました。
(*)アドレス https://tokushima-bible.jp-church.com/

 従来のホームページ(pistis.jp)も、ひきつづき更新されます。

 集会の二つのホームページが神様に用いられ、病気や怪我により痛み苦しみのある人たちに、心の奥に深い闇を抱えている方々に、戦争中の国々、飢餓や貧困に苦しむ方々に、また若い世代の人たちにも神様の福音が伝わっていきますように。

ことしさいごの満月、雲と雲の合い間に見ることができました。

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2025年12月 3日 (水)

痛い目に遭わなければ分からない・・・救急搬送

こんにちは。体調は守られていますか。

日本聖書協会『聖書 新共同訳』より引用
ガラテヤ5章13節「兄弟たち、あなたがたは、自由を得るために召し出されたのです。ただ、この自由を、肉に罪を犯させる機会とせずに、愛によって互いに仕えなさい。」

11月17日、寝る前に右足の股関節が痛くて、壁に手をつきながら、休み休み歩く状態でした。
寝返りのたびに痛さを感じながら眠り、起きてからもおなじ痛さでしたが、次第に治まると思っていました。
ずっと立っていられないので、日中は ぶどうパンを食べられただけでした。
夕食はよく行くお店に出前を頼み、(土間におりて玄関の鍵を開けたあと、上がれなかったら困るので)窓から受け取りました。
受け取った後、もう夕方で暗くなってきたので、窓の鍵を閉め、電気をつけ、窓から離れたところにある椅子に座って、いつも行っているかかりつけ医に電話しました。「一晩様子を見て、明日の朝に電話ください。」とのことでした。

そのあと、かかってきた電話に出て、30分ほど話をしていました。
そして、トイレに立とうとしたら、痛さのため右足を椅子から浮かせることができず、立ち上がれなくなりました。

一晩、様子を見ている場合じゃない!! 救急車!!

集会のKKご夫妻に来てもらい、救急車の手配や持ち物の準備などをしてもらうことができました。
電話をしてから、「鍵を開けれない!!」ことに気づき、仕方なく窓を割ってもらいました(泣)
鍵を開けれないと、救急隊員も入れないので、どちらにしろ、割ることになったと思います。
鍵を開けてもらう会社(?)探す時間も、来てもらうまで待つ時間もなくて。

電話していた直後だったので、スマホが手に届く位置にあって良かったです。
(取れないところにあったら、どうなったのだろう。。。。)

すこし右足を動かそうとするだけで「痛い痛い痛い」 
トイレの介助を試みてくださった KKご夫妻のサポートにも、救急隊員のサポートにも叫び続け、家ではできませんでした。

救急車の中でも、痛いほうの足が担架から落ち、宙ぶらりんになるたびに、隊員の方に担架の上へ足を戻してもらいました。
いろいろ病気があるので、大学病院で受け入れてくださいました。消化器内科の先生が診たあと、整形の先生も来られました。
救急外来に着いてからも、「痛い痛い痛い」と叫んでいました。
ヨシュア兄のおられた整形の病棟へ入院しました。

股関節の炎症により、股関節の中に水が溜まっていたとのことで、10ミリリットルほど水を抜き、輸液の24時間持続点滴、抗生物質「タゾピペ 4.5g 3回/日」や痛み止めの点滴「アセトアミノフェン静注液1000ml 0.5袋」をしました。
入院の日は結局のところ、ぶどうパンしか食べられず、2日目は朝食なし。水分もほとんど摂れませんでした。 
歩けない。立てない。のため、尿の管を入れ、オムツ。ベッド上で安静でした。

入院当初は、右足は棒のようで、痛くて寝返りも難しいため、褥瘡予防のために、クッションを当ててくださいました。
2日目の昼頃から、ゆっくりと足を動かすことができるようになりました。しかし、動かしたと思ったら、足がつって、「痛い痛い」と言ってました。水分不足・脱水ですね。

集会の姉妹に、ペットボトルのお茶を買ってきてもらい、なるべく飲むようにしたら、足はつらなくなりました。

3日間の点滴が外れ、採血をした結果、高かった炎症反応が落ち着いてきて、5日間で退院できました。
点滴の外れたあとは、痛み止めの内服「アセトアミノフェン錠200mg 毎食後1錠」を処方されました。
細菌感染ではなく原因は分かりませんが、MRIやCTでも異常は見られませんでした。

パソコンに限らず、何をするにしても、取り掛かるのが遅く、始めると身体を労わることを忘れ、途中で休憩したり、姿勢を変えることなく、区切りがつくまで長々と作業してしまいます。
無理をしているつもりはないのですが、限度が分からず、症状が出てはじめて、し過ぎたことに気づきます。

長く続いているステロイド治療の副作用や免疫力低下、寒暖差も影響があったかもしれませんが、人間には限界があり、先のことは分からないからこそ、悪いところに気づき、改めることが大事だと知らされました。
痛い目に遭わなければわからない葉瑠☆友幸に、気づきを与えてくださいました。
これから数年先も動けるように、適度な時間で休みを取りながら作業していきたいと思います。

退院時はYT姉とTY姉が付き添って荷物を家まで運んでくださいました。

26日~28日までの瀬棚聖書集会に自宅で参加できて感謝です。兄弟姉妹のお祈り、お支えに感謝します。

退院後、出前に来ていただいたお店に支払いに行きました。(財布も取れなかったため)
そこで、いつも親しくお話をしてくださっていた男の方(Oさん)が亡くなられたことを聞きました。
Oさんは、夏ごろに入院するまで、足が痛いと言いながらも、スーパーにも自分で買い物に来ていて、お会いしていました。
いつも近くの銭湯に行った後、葉瑠☆友幸も食べに行く飲食店で、お会いしていました。
退院のあとは、酸素吸入が必要になられたとのことで、最近は会えなくなっていました。

おなじ町内にある市営住宅の4階に住まわれていて、エレベーターはなく、足の調子も良くなかったので、降りてくることができず、介護ヘルパーさんのお世話になっていたようです。
おなじ調剤薬局なので、時々、薬剤師さんからお話を伺っていました。金曜日頃に救急搬送され、急だったようです。
11月16日に葬儀だったそうです。
葉瑠☆友幸との交わりを感謝します。甥の方に葬儀の写真を見せていただきました。

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2025年6月 5日 (木)

スカイプからGoogle Meetに変わりオンライン参加!

葉瑠☆友幸は時々お腹の不調。新たにトライすることがありまして、ストレスかかったみたいです。慣れてきたら落ち着くと思います。
左手は相変わらずパンパンに腫れています。

冬~春にかけて喘息は起こらず、胸水の量も相変わらず。ステロイド治療も相変わらず。

ご存じだと思いますが、オンライン集会で用いていた「Skype(スカイプ)」が5月5日でサービス終了となりました。
葉瑠☆友幸の集会でも、5月4日の主日礼拝から「Google Meet」に変わりました。

緊張しつつも迎えたその日。葉瑠☆友幸は「心に残っている御言葉」を話させていただきました。

日本聖書協会『聖書 新共同訳』より引用
ヘブライ人への手紙 10章25節「ある人たちの習慣に倣って集会を怠ったりせず、むしろ励まし合いましょう。かの日が近づいているのをあなたがたは知っているのですから、ますます励まし合おうではありませんか。」
 SkypeからGoogle Meetに移行するにあたり、4月にはオンライン参加されている方々と練習させていただき、引き続きオンラインでつながることができ、感謝です。
 ヨシュア兄のためにと2010年から始まったSkype利用ですが、複数の方々と主日礼拝でつなぐようになりました。
それから夕拝や家庭集会でも用いられる様になり、葉瑠☆友幸も2010年7月頃から北島集会に参加するように導かれました。
 朝が苦手で礼拝に参加できていなかったのですが、2014年頃から徐々に礼拝にも継続して参加できるようになり、YN姉と分担してつなぐようになりました。
 徳島のホテルで行われた2013年の無教会キリスト教四国集会や2016年の無教会キリスト教全国集会でも、車椅子移動が難しくなったヨシュア兄とつなぐことができました。

 そして2020年3月からの新型コロナ感染症の流行によりオンライン開催となった、徳島聖書キリスト集会の各集会。そして、春期聖書集会・冬期聖書集会・瀬棚聖書集会など、さらに多くの方とつながることができ、共に御言葉をいただき、賛美をし、感話で恵みを分かち合えることに感謝です。
 葉瑠☆友幸自身、2022年3月から集会場に行くことができない状態ですので、Google Meetという、次の方法が速やかに用意され、KSさん、KKさんにより準備が進められ、引き続きオンライン参加できていることに感謝しています。
 これからもお互いに励まし合い、祈り合いながら過ごしていけますように。と思わされました。

Skypeは、オンラインの人を順番に担当が呼び出していくという方法でした。
Google Meet は、リンクを送っておき、参加者がそのリンクを押して参加。担当が承認するという方法です。
徳島聖書キリスト集会は、主日礼拝、夕拝(第1・第3)、北島集会(第2・第4)、天宝堂集会、海陽集会。7つのリンクを使います。
はじめは、毎回リンクが違うのが大変だと思っていましたが、Googleカレンダーで、主日礼拝は毎週日曜、そのほかは毎月のくりかえし設定をしていると、おなじリンクが使えることが分かり、今月のリンク、ひと通り使い終わり、ホッとしております。

Ⅱコリント 6章1節「神さまからいただいた恵みを無駄にしてはいけません。」

くりかえし説明をしたり、ながくしていると、声がれが起きたり咳が出たりします。
にわかにパソコンを使うことが忙しくなり、今日も大学病院の主治医に話してきました。
主治医の先生には、以前から信仰のこと、パソコンで集会のお手伝いをしていることを話しています。
「葉瑠☆友幸さんは、パソコンでいろんなことができるから、どんどんできることはしたほうがいい。
 病気があるからと言って、安静にしていなければならない、ということではない。」
と言ってくださいました。

葉瑠☆友幸の性格上、パソコンをやめたら、『病気があるから何もできない』とまた悩み、自分を駄目な人間のように思うでしょう。
そうなると、これからの日々、だらけた毎日を送るだけでしょう。

「葉瑠☆友幸は働けないのですか、働かないのですか」と、今日診ていただいた主治医に質問したことがあります。
パソコン入力の仕事をやめ、専業主婦になった時。離婚して、母に養ってもらうようになった時。。。。。
働きに行くのは無理、病気の治療優先で、28歳~いままで、来ました。

採血結果を見ると、人の半分以下の栄養値。
TP   3.8(正常値 6.6-8.1)
ALB 2.0(正常値 4.1-5.1)
IgG 104(正常値 861-1747)
右の胸水が常にあり、息切れも時々あり、両足・左手の浮腫が常にあり。
ステロイド治療中。週に1回のアルブミン治療。
免疫が低いため、人込みを避け、移動はタクシー。集会はオンライン。
どれをとっても、もちろん健康体とは言えません。体調が悪い人の部類に違いありません。

実際の見た目は笑顔いっぱい。笑いながら話が弾んでいる。
ついつい葉瑠☆友幸自身も、まわりの人も病人ということを忘れてしまいます(笑)

最近の忙しさを見る限り、働けない?  別の意味で、疑っています(笑)(笑)。

マタイ 7章12節「人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい。」

病があることにも、神様のご計画があり、病があるまま奉仕をすることが神の栄光を現わすことであり、証しとなる。
あせらず!思い悩まず!無理をせず!
この世のものにとらわれず、時間とエネルギーを神さまのために使おう!
生活の質を大事にする。段取りを決めて、効率よく作業する。
精神的に落ち着いていると、栄養も吸収しやすい。
笑うことで免疫力を強める。
できないことばかり見ないで、できることを続けていく。

病と付き合いながら、なが~く奉仕ができますように。
ブログ「晴れやか心 de わらい顔」、HP「晴れやか心 to わらい顔」もながく続けられますように。

思うところありまして、決意を新たにいたしました。今後ともよろしくお願いします。

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2025年1月 3日 (金)

スケジュール管理

あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

昨年はブログをご覧くださりありがとうございました。
元気に年始をお過ごしですか。
新しい年を迎えて、新しいカレンダーになりましたね。
昨年さいごの主日礼拝で、カレンダーにちなんだ話をしました。

日本聖書協会『聖書 新共同訳』より引用
箴言16章3節「あなたの業を主にゆだねれば、計らうことは固く立つ。」です。

 葉瑠☆友幸は毎年11月ごろにスマホのスケジュールアプリと紙の月間カレンダーを使って一年間の通院の日程を立てています。
まずはじめに、礼拝・夕拝・家庭集会・特別集会を書き込みます。そしてつぎに通院の日程を書きます。
アルブミンの点滴治療一週間に一回かかりつけ医では3回まで
大学病院の消化器内科では、3回まで点滴のオーダーを入れることができ、2ヶ月ごとに診察
呼吸器内科2ヶ月ごとに診察です。
各病院の主治医からお聞きした指示に合わせて、重ならないように葉瑠☆友幸が計画を立て、次回の予約を入れてもらっています。

 低栄養状態、免疫低下状態に加え、ステロイド治療が始まり、集会場に行けない日が2年8カ月過ぎました。
今年(2024年)もお腹の不調や息切れなども時々あり治療は計画通りにいきませんでしたが、集会は予定通りすべて参加することができました。

 この冬は新型コロナ、インフルエンザ、マイコプラズマ肺炎のトリプルデミックと言われ、私のように持病があったり、高齢の方は人と会うときにはさらに注意が必要です。一人一人の体調などすべて御存じの神様が、いつの日か会場でともに集える日を備えてくださることを信じています。
 礼拝など集会の時間を共有し、会場参加の人とスカイプ参加の人が心を一つにして祈り、御言葉をいただき、神様の御計画に沿ってともに導かれていることに感謝します。

☆●□◆▲▽★○■◇☆●□◆▲▽★○■◇☆●□◆▲▽★○■◇

昨年11月の中旬ごろから右上腕に痛みが続いています。
最初はインフルエンザ予防接種のあとだったので、それが原因かと思っていました。
皆さんも小学生のとき、体育館で合同で予防接種をした覚えがあると思います。
葉瑠☆友幸は『接種痕がグリグリになるので、よく揉んでください』と問診票に母が書いてくれていましたので、他の子より長く揉むように教師に言われました。打つ部位やワクチンの種類によるのかもしれませんが、
そのことを思い出しました。
インフルエンザ予防接種のときは、「揉まなくていい。」と看護師さんが伝えてくれますね。

関係ないかな?と思いつつ、ワクチン接種後5日目に、近くのかかりつけ医に診察に行きました。
発熱もなし。かゆみもなし。痛みの箇所の熱感もなし。なので、ワクチン接種は関係ないとのことでした。
説明を聞いて、葉瑠☆友幸も筋肉痛か、肩こりかと思い、冷湿布をもらいました。

使い痛め(パソコン??)をしているところに、インフルエンザ予防接種時の針により刺激が加わったため、痛みがひどくなったみたいです。

そのあと、集会の兄弟姉妹にもアドバイスをもらいました。
①冷やすのでなく、温めて安静にするのが良い。とのことで、しばらくパソコン作業は控えめにしています。
②KS兄夫妻に「あずきのチカラ(首用)」を教わり、温めています。
③ET姉に
低温カイロ ミニ」を貼ることを教わり、位置の確認のため、葉瑠☆友幸の家にも来てくださいました。
 鍼治療もしてくださいました。右上腕~肘の下あたりまで外側に神経痛が見られるようです。

1ヶ月余りが経ち、まだ痛みが続いているので、首のMRI検査を受けることにします。
かかりつけ医から大学病院の脳神経内科に、紹介状と予約をお願いしています。

大学病院の脳神経内科の先生には、2022年8月にも診察していただいています。
そのときも、7月18日ごろから右腕の肩から指先にかけてしびれがずっと続くため、診察してもらいました。
8月10日 頸部レントゲンの結果は、さほど悪いところはありませんでした。
同日 誘発筋電図検査の結果は、左腕のほうが悪い。右腕のしびれは末梢神経の異常ではありませんでした。
11月4日 MRI検査(頸椎)の結果は、脊髄は異常なし。神経根は異常なし。ヘルニアは軽度。同年齢と比べるときれいでした。

大学病院の診察・点滴の時は、フェイスガードをしています。
「きちんと着用している方が良い。知らないうちに感染して、知らないうちに治っている人が多い。そういう人たちから感染しないように要注意。」
皆さんもトリプルデミックから守られますように。

ことしも神様に霊肉共に守られますように。神様のお導きがありますように。

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2024年10月16日 (水)

パソコンと共に。持病と共に。そして、神様と共に。

こんにちは。
体調は守られていますか。
葉瑠☆友幸は元気です。

今回は、大まかに いままでのことを振り返りたいと思います。

〇1969年3月(0歳)
 浮腫で左右の足の太さが違うため、生まれた病院でゴールデンウイークまで入院。
 20歳まで、原因・病名は分からずじまい。

〇幼少期 三日ばしか
 小学4年まで 小児喘息
 小学生の時から アレルギー性鼻炎
※喘息は父方の祖父からの隔世遺伝。治ってヤレヤレと思っていたのに、33歳で咳喘息になってしまいました。

〇1982年(13歳)
 8月 甲状腺機能低下症の診断がつきました。
 ※浮腫の原因を調べるために入院しましたが、そちらは分からずじまい。

〇1989年(20歳)

 7月 浮腫の原因、蛋白漏出性胃腸症の診断がつきました。食事療法の開始。
 10月 高校卒業後から働いていた会社を退職しました。
   この頃に、水ぼうそうにもなりました。

〇1990年(21歳)
 ワープロを購入。再就職のために資格を取るため、父が購入してくれました。

〇1991年(21歳)
 2月 データ入力の会社に再就職。
 
〇1997年(28歳)
 4月13日 母方の祖母が80歳で亡くなりました。
 8月21日 はじめてデスクトップパソコン(Windows95)を購入しました。
 8月28日 5ヶ月の入院。左側の胸水が出現。じっくり検査。ということになりました。
 ※はじめて買ったパソコンがなかなか使えなくて残念でしたが、この入院でいろんなことが分かりました。
  大学病院・消化器内科の外来で診てもらっている主治医は、この時からお世話になっております。

〇1998年(29歳)
 5月 データ入力の会社を退職。

〇1999年(29歳)
 2月 新居用にノートパソコン(Windows98)を購入。
 3月 誕生日の前日に結婚

〇2002年(33歳)
 7月 咳喘息の診断。左側の胸水が増悪。胸腔ドレーン3回のあと、左手の浮腫が出現。

〇2004年(35歳)
 3月 デスクトップパソコン(Windows XP)を購入。
 10月16日 徳島聖書キリスト集会に導かれる。
        1999年12月にクリスマス特別集会、つゆくさ集会に参加しているのですが、その時は信仰に至らず。

 日本聖書協会『聖書 新共同訳』より引用
 詩編119編105節「あなたの御言葉は、わたしの道の光 わたしの歩みを照らす灯。」
 同 130節「御言葉が開かれると光が射し出で 無知な者にも理解を与えます。」
 ※入会した2004年10月16日の聖書箇所です。

〇2008年(39歳)
 5月 ブログ開始。
 7月 ノートパソコン(Windows Vista)を購入。

〇2009年(41歳)
 9月 右側の胸水が出現。

〇2010年(41歳)
 8月 右手の浮腫が出現。

〇2011年(42歳)
 5月 父が66歳で亡くなりました。

〇2012年(43歳)
 10月 ノートパソコン(Windows 7)を購入。

〇2013年(44歳)
 9月 祖父・妹・祖母・父の遺骨をキリスト教霊園に移す。

〇2014年(45歳)
 12月 離婚。

〇2016年(47歳)
 5月 ノートパソコン(Windows 10)を購入。

〇2020年(50歳)
 2月 母が73歳で亡くなりました。

〇2021年(52歳)
 4月 中心静脈ポートの埋め込み。

〇2022年(53歳)
 3月 右側の胸水が増悪。ステロイド治療を開始。

 8月 ノートパソコン(Windows 11)を購入。

〇2023年(54歳)
 4月 中心静脈ポートの埋め込み。
 5月 ホームページを開始。

20歳で「蛋白漏出性胃腸症」の診断がついて、仕事を辞めることになり、失業保険の手続きに行った職業安定所の人のアドバイスで、パソコン・ワープロの資格を取りました。

持病ともパソコンとも長い付き合い。もうベテランです。
信仰は何年持っていてもベテランということは言えませんが、丸々20年が経ちました。

持病の症状が増えるたびに、パソコンでいろいろ検索したり、入力したり。
数年ごとに代替わりして、数々のパソコンに大変お世話になっております。

また、持病に関することにのみ使っていたパソコン、利用頻度も使う内容も様変わりしてきました。
テキスト入力。栄養計算。喘息日誌。家計簿…。
伴奏の再生。伴奏の入力。写真の整理。スカイプ。ブログ。ホームページ…。

これからも、自己管理のため、神様のお働きのために、用いられますように。

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2024年8月14日 (水)

阿波踊りの思い出、詰め込みました

35℃以上の酷暑が続いていますが、お変わりないですか。
葉瑠☆友幸は、いまのように猛暑・酷暑というようになる前(2018年頃?)までは、汗をかくこともなく、冷房も苦手でした。家族と冷房の部屋にいる時は、長袖を着て、という状況でした。

それが猛暑、真夏日が多く、気温も高くなった近年は、人並みに汗をかき、除湿30度設定+扇風機という部屋で過ごしています。設定を見ると、まだ寒がりのほうかもしれませんが。

なので、甲状腺機能低下症は、正常だと思っていましたが、血液検査の結果、低下ぎみだということで、
チラーヂンSが1日1回・朝食後 2.5錠 ⇒ 3錠 になりました。
貧血の注射も続けています。

それ以外は、病院と買い物以外、自宅にいて、礼拝などすべての集会に参加でき、守られております。

阿波踊りの思い出。。。

8月12日~15日、四日間ある阿波踊り。
4日のうち、1日は雨に降られるのですが、今年は大丈夫そうですね(*^_^*)
雨に降られると、小雨決行なので、太鼓や三味線にビニール袋をかぶせて、浴衣の着替えもなく、大変だと思います。

無料演舞場では、間近で写真を撮ることができ、楽しかったです。
<10年ぐらい前の情報です。いまは取り決めがあるかも。
葉瑠☆友幸が見に行った、新町、元町、両国橋 の無料演舞場と、東新町アーケードのことです。>

18時から通行止めにして、2車線の道路へ踊り込みます。
鉄パイプの組み立ては数日前から始まり、板を渡して、桟敷席の完成です。

連というグループに分かれて、踊ります。
先頭の人が連名の書かれた思い思いの高張提灯を持って、そのあとを連員の方の子供かな?
まだ踊り方もかわいい、ちびっこが付いていってます。

浴衣に編み笠の女踊り、法被を着た男踊り。女性の人の男踊り。
まとまって踊ったり、円になって踊ったり、左右に分かれたり。
鳴り物に合わせて、早くなったり、停止したり。
最後尾の鳴り物は、笛、三味線、太鼓、鐘。

かけ声は、「踊る阿呆に見る阿呆、おなじ阿呆なら、踊らにゃソンソン」「ヤットサーヤットヤット」など、連ごとにそれぞれです。踊る阿呆(連に入り踊ること)見る阿呆(見物客)
特定の連に入らずに、にわか連と言って、その日に集まって、踊らせてくれる連もあります。

☆●□◆▲▽★○■◇☆●□◆▲▽★○■◇☆●□◆▲▽★○■◇

大学病院の先生方も学生さんと一緒に、連を作っています。
「にないか連」(消化器内科)、「にげか連」(消化器外科 )、「栄養学連」(栄養士)などなど。

入院中に、大学病院のロビーで「にげか連」が踊っているのを見に行きました。
消化器外科の主治医はお忙しいので、踊りが終わってから、ロビーに来られました。

消化器内科の先生は、演舞場近くで、連の移動中に会いました。
お二人とも、踊っている姿は見えず。。。

☆●□◆▲▽★○■◇☆●□◆▲▽★○■◇☆●□◆▲▽★○■◇

結婚後に母と同居する前まで、住んでいたところの斜め前が、徳島大学の事務局の建物でした。
踊り期間になると、そこで練習している音や声が聞こえてきました。
そのかけ声は、「末は博士か、やぶ医者か。」
やぶ医者は困ります。良い医者になってください!!と、部屋の中で呟いてました。

独身の時は、毎年、家族と見に行っていたと思います。
いつも2日間くらい、行っていたと思いますが、その頃はブログをするとは思っていませんでした。
ブログを始めてからは、演舞場にあまり行ってない!! なので、使える
写真がない!!
特定の人を大きく映しているのが多い。友人のアップとか、おもしろいポーズの人とか(^_-)-☆

4人で見るときは、16時ぐらいから、お握りとお茶を持参して、祖母と母と出かけます。
早めに行かないと、バスも満員で乗せてくれなくなります。
臨時便も出るのですが、乗れないよ~と、運転手さんに手を振られます。
無料演舞場の席を取り、父は仕事が終わってから合流。

母は、やっこ踊りが好きでした。
踊り手2人がコンビを組み、奴凧(やっこだこ)と糸を操る人を演じ、鐘の音に合わせて駆け回り、疲れた奴凧は道路上に寝てしまうのですが、少しずつ少しずつ起き上がり、さいごは観客とほかの踊り手のかけ声で元気になります。

祖母も割と浮き助(ウキウキ浮かれて)で、帰り道に踊ったりして、母が恥ずかしい!!と、止めてました。

父と葉瑠☆友幸の二人で見に行くときは、夕食後から出かけて、空いている席に潜り込んでいました。
いちおう、葉瑠☆友幸は女の子なんですが、お構いなしに後ろ側に組まれた鉄パイプをよじ登っていったり、前からお邪魔したり。ズボン姿で子供だったからできたことです。

ある時、父が踊っている人に、ちょっかいを出して、一度、出口まで一緒に踊らされました。(笑い)
「カメラ、カメラ~」と言って、葉瑠☆友幸にカメラを手渡すのが精いっぱい。
葉瑠☆友幸は、周りの人と大笑いしてました。フゥフゥ言って、席に帰ってきました。

父は一人でも、自転車で出かけるほど、阿波踊りが大好きでした。踊る阿呆にはならず、見る阿呆でした。

企業連と言って、会社で作っている連もあります。また芸能人の方も来られます。
元夫は、追っかけ状態。事前にチェックして、出かけてました。

元夫と、高校の時の親友と、カラオケBOXで歌ってから、阿波踊り見物に行ったことも良い思い出です。
親友の息子も加わり、元夫と追いかけっこしている後ろから、葉瑠☆友幸と親友はゆっくりと付いて行ってました。
こどものパワーに付き合わされ、元夫は汗だくでした。

小学生の運動会は、いつも最後のプログラムは、阿波踊りでした。
学校近くのラーメン店の人が連長をされている連の方々が、いつも鳴り物などのお手伝いしてくださいました。

近年は、葉瑠☆友幸は、テレビやネットで見るだけになりました。
人込みを避けなくてはならないのと、演舞場の移動は、足がだるくなるので、やめました。
なんとなく見たくなったら、阿波踊りの中継サイトへアクセスしています。

猛暑がまだしばらく続きますが、体調が守られますように。

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2024年7月 3日 (水)

長年、親しくしてくださった方が召されました

梅雨の時期、湿度が高くて、暑いですね。35度以上の地点も出てきており、徳島でも熱中症警戒アラートが出ています。
水分補給をじゅうぶんに、体調が守られますように。

5月23日の呼吸器内科 診察
現在、右の胸水貯留は、600ml。ステロイド内服は朝食後5mg。経過を見て、半年~1年毎に薬の量を減らしていくとのことでしたが、「減らさずに、このまま5mgで、ずっと服用を続けるほうがいいと思う。5mgという量は副作用は少ない。」と、主治医に言われました。

5月29日の消化器内科の診察
「ステロイド内服による免疫低下だけでなく、持病による免疫グロブリンの漏出もあるので、あらゆる感染症に対するリスクは高い状態が続く。(集会は)ステロイド内服が終了するまで、この先も自宅で参加できる方法でするように。」と、主治医に言われました。

貧血の注射は、当面 続けることになりました。
ヘモグロビン値が10.6(正常値11.5~15.0) 血清鉄が12(正常値40~188・病院により異なる)

日本聖書協会『聖書 新共同訳』より引用
詩編139編23・24節「神よ、わたしを究め わたしの心を知ってください。わたしを試し、悩みを知ってください。御覧ください。わたしの内に迷いの道があるかを。どうか、わたしを とこしえの道に導いてください。」

葉瑠☆友幸がパソコンを使い始めたのと、持病の診断がついたのが同じ二十歳頃で、最初は栄養計算をしたり、持病のことを入力するのに使っていました。いまもはじめて関わる先生に「蛋白漏出性胃腸症、はじめて聞いた。」と言われることが多いので、持病のことを正しく伝えるためには、いろいろ把握しておく必要があり、主治医から聞いたこと、調べたことを入力しています。
葉瑠☆友幸に生じる症状は、ほとんどこの病につながっているため、やっかいな病気という思いにとらわれてしまいます。


持病のことや、いまできないことに目を向けているとき、気持ちが落ち着かなくなり、いつも『何をしているんだろう』と思います。人間的な思いで違う方向を向き、迷っている状態だと思います。
それにもかかわらず、神様は御言葉により力づけてくださり、3月まで続いた息苦しさをいやし、昨年のお盆から続いたお腹の不調をいやしてくださいました。

神様のほうにしっかり目を向けて、パソコンを使うにしても、神様の御意志にかなったことに使い、御国へ向かって真っすぐに歩んでいきたいと思います。

葉瑠☆友幸は、小さい時は長屋住まい。祖父母(母方・父は婿養子)と同居だったのかどうか、聞いていません。
父は中学卒業してから大阪で働いていて、両親は結婚後も大阪で暮らしていました。

祖父の体調が悪くなり、大阪から徳島に帰ってきたと聞きました。
祖父が亡くなったとき、葉瑠☆友幸は1歳9ヶ月。外で抱っこしたり、肩車したりしてくれている写真があります。

妹がいたのは、長屋の時だと思います。妹が亡くなったとき、葉瑠☆友幸は4歳10か月。覚えていません。
妹が寝ているベビーベッドを葉瑠☆友幸がのぞきこんでいる写真。市営住宅では置くスペースなかったと思います。
また妹が亡くなった後、近くの貸本屋さんが「
ひとりはつらいだろう。気をまぎらわすために、(葉瑠☆友幸が)幼稚園に行っているあいだ、店に来ませんか。置いてある本を読んでいたらいい。」とバイトさせてくれたと、聞いたことがあります。
1974年3月の誕生会の写真は、市営住宅の前で映しているので、妹が亡くなって数ヶ月のあいだに引っ越したのだと思います。

市営住宅には、祖母と両親の4人で住んでいました。
父が市営住宅の抽選に
友達の付き添いで行き、たまたま申し込んだところ、当たったとのこと。
そして1982年1月に、おなじ町内にあった、ある会社の跡地を分譲していた土地を父が購入。
一戸建てを新築して、4人そろって引っ越し。
いまは葉瑠☆友幸ひとり、そこに住んでいます。

住んでいた市営住宅は5階建てで、左右の玄関に共有の階段が3つあり、30世帯ある建物。
向かい側には、10階建てがあり、72世帯。その間に、公園があります。
滑り台、ブランコ、シーソー、砂場があり、タコの形をした滑り台、コーヒーカップでぐるぐる回ったり。。。
大人の方々が自分の子供も近所の子供も見守ってくださっていて、子供たちものびのびと遊ぶことができました。
いまでも市営住宅に住まれている方は、葉瑠☆友幸のことをよく覚えていてくださり、声をかけてくださいます。

マタイ18章10節「これらの小さな者を一人でも軽んじないように気をつけなさい。言っておくが、彼らの天使たちは天でいつもわたしの天の父の御顔を仰いでいるのである。」

  

70歳代の女性の方で、長年、声をかけてくださっていたFさんという方が、先月16日に召されました。
その方は目がお悪いので、葉瑠☆友幸の話す声で、そばにいるのに気づくと、いつも「あらっ。はるちゃん。元気にしている?」とか「若いから、明るい服 似合うね」とか言って、声をかけてくださっていました。

最近では、葉瑠☆友幸が行きつけのお店(*)で、手話賛美の練習をしていたところ、「はるちゃん、踊りの練習しているの?」と聞かれたので、「手話で讃美歌を歌う練習している」という話をしました。
((*)近くのお好み焼屋です。その時は、親しい、
なじみ客ばかりでした)

旅行に行かれて、お土産をお友達の家に持って行き、帰宅したあと、おりかえし、そのお友達が訪ねてきたときには、応答がなく。。ということだったようです。

リュックを背負い、徒歩で、近所の買い物にも行かれ、近くのお好み焼き屋にも行かれ、日々を楽しんでおられました。

闘病の苦しみから解放され、神様の御許で安らかに。
母や葉瑠☆友幸を見守ってくださり、ありがとうございました。

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2024年5月16日 (木)

神様に賛美

こんにちは。体調は守られていますか。

5月12日の「心に残っている御言葉」でお話しした内容を掲載します。

日本聖書協会『聖書 新共同訳』より引用
詩編 51編17節「主よ、わたしの唇を開いてください この口はあなたの賛美を歌います。」

胸水の関係で会場で賛美するときは、息が続かなかったり、咳が出たりするので、いつも小さい声になっていました。それでも会場で参加できていた時は小さい声なりに賛美したり、手話賛美したりしていたのですが、ステロイド治療のためスカイプでの参加となり、2年が経ってしまいました。

今年始めの咳喘息のあと胸水が増え、お腹の不調も続き、2月3月は気持ち的に沈んでいました。
イースター特別集会が近づいた頃に「葉瑠☆友幸も賛美したいけれど、会場にまだまだ行けない。」と武米姉に話していたら、「あなたの録音に合わせて、賛美するよ」と言ってくださいました。FS姉も「加わりたい。」と言ってくださり、「天なる喜び」を3節まですべて賛美することができました。神様へ向かって一緒に賛美できたことに感謝です。録音した葉瑠☆友幸の声が小さくて、お二人に迷惑をかけ、司会者にもお手間をおかけしましたが、録音方法をいろいろ試しつつ、また共に賛美したいです。

録音という方法にすると、息継ぎの音が入っていたり咳で中断したりしても何回も練習ができ、いまどのように歌えているか、声量がなく音を伸ばせていないところなども分かるので、これからも録音しながら賛美したいと思います。何度も録音を繰り返しながら練習して、すこし息切れが軽くなった気がしていたところ、イースターのすぐあとの4月4日の診察では、胸水の量は700mlから600mlぐらいに、やや減っているとのことでした。話をするときと、歌うときとは、声の出し方が違い、大声で賛美することはできないですが、免疫力を上げるためにも息切れを軽くしていくためにも、無理のない音域に合わせていろんな曲を賛美していきたいと思います。

集会の武米姉がイラストを描いてくださったので、葉瑠☆友幸が撮影した四季の花々、それに楽しく賛美しながら出かけているイメージを書いてみました。

近況報告です。
前回のブログ~4月末まで、あいかわらず軟便・下痢が続いていました。

4月3日大学病院の採血結果で、貧血の項目(ヘモグロビン値、ヘマトクリット値、MCV、MCH)が4つとも低く、ヘモグロビン値が9.6(正常値11.5~15.0)でした。
血清鉄やトランスフェリンなどをかかりつけ医で追加採血しました。
鉄欠乏性貧血です。そのときのヘモグロビン値は8.2血清鉄が7(正常値48~170)。トランスフェリンは正常値でした。いままでもヘモグロビン値など低かったのですが、今回はさらに低下したようです。
貧血の症状…
めまい=ありませんでした。
息切れ、胸水、浮腫=蛋白漏出性胃腸症の症状と重複していて、これらはずっとあるので、どちらが原因か分かりませんね。
鉄分の注射「フェジン静注40mg 2ml+ぶどう糖注20% 20ml」を3回しました。
かかりつけ医でのアルブミン点滴と同じ日に、静脈ポートからしてもらえました。あとは様子を見ます。続け過ぎると、肝機能が上がるとのことです。
内服に変えるとの話もありましたが、ステロイド内服の期間が長いので、胃もただれているかもしれないので、不足のときは注射で補っていきます。
次回、5月29日の結果を見て、さらに注射するかどうかは決まります。

鉄を摂る食材はいろいろあると思いますが、軟便・下痢状態だったため、「鉄+コラーゲン」のウエハースを1日2枚、食べるようにしました。人からの勧めで、もろみ酢も1日30ml飲むようになりました。

散歩途中で止まらずに、遠くまで歩けるようになりました。
5月の始めごろより、お腹の不調が改善されました。9ヶ月、ながかった~。
今月は、11日に3回(やや軟便→軟便→下痢)不調だっただけで、あとの日は1日1回、普通便です。
徐々に食事療法のメニューに戻れるようにしていきたいと思います。

鉄分補給、もろみ酢、賛美による免疫力アップ…どれが効いたのか、先生も葉瑠☆友幸もよく分からない『???』。

ホームページも公開一年が過ぎました。
食事ページを更新しようと、パソコン作業中。楽しみにしていてください。

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